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バス問題を考える上での大前提は「外来生物法」の遵守。 「外来生物法の是非を問う時代は当に過ぎた。 キーポイントは、「飼養等の禁止、拡散の防止」。 これらをクリアしながら、バス釣りを楽しむためにはどうしたら良いのか。 ここで、「バス釣りなんかアカンやろ」としてしまっては、バス問題で有り得ない。 では、そもそも「バス問題」とは? そう、「バスによる被害」を被る立場と、「バスを利用」しようとする立場の対立であり、その根源は、「利用者」の無節操な願望によるものである。 これをある人は、 「正義が駆除する側にある以上、「擁護」する側にはやり場のない思いが募るわけで。」 となるのである。 ただ、社会は、正しい事だけで成り立ってはいない。また、間違った事だけで成り立ってもいない。 様々な利害や感情に振り回されながら、徐々に徐々に正しい方向へと調整され導かれているのである。 では最近の事例から話を始めてみよう。 「とある灌漑用水用のため池で、カイドリによるバス駆除の作業中、流失防止用の施設が壊され多くのバスが下流域に流失した」 というものである。 これについては、 「駆除派」から言わせれば言語道断。 「バス擁護派」からすれば、「誰がやったか・その目的」も断言できない。 となる事だろう。 仮にバス利用者の愚行によるものだとしても、 ここで問題なのは、 「何が、誰が、どのような力によって揺り動かされ、実行してしまったのか?」という背景の部分では無かろうか。 バス利用者は、 「全国津々浦々、限りなくバスが生息していて欲しい」と考える。 また、駆除派は、 「国内いづれにも、一匹たりとも生息していて欲しくない」と考える。 利用者の思うそれは、国内において叶うはずの無い夢・妄想である事に間違いない。 また、駆除派のそれも、現時点においても近未来においても、浮世離れした話である事に間違いない。 そこに必要なのは「調整」であり、「現実的な解決策」の模索である。 ただ、この「調整」という作業が、果てしなく「厄介な物」である事も否定できない。 例えば、「モラル」・「罰則」を謳うだけで解決できるのだろうか? また、「法律改正」によって、全てが解決できるのだろうか? 「法律改正実現のために」誰かが行動をとるのであろうか? おそらく、答えは「No」である。 「罰則や法に頼ることなく、解決できる道は無いのだろうか?」 と再考すべきである。 その具体策とは・・・また後日。 |
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水抜き作業中に外来魚流失防止ネットが外された件で、例えば外した人間がバス釣りをしていたら、やっぱり「バサー」が悪いとなります。逆に、自称「駆除派」の自作自演だったら(個人的には考えにくいのですが理論上の可能性の問題です)、それでもバスがいるから悪いとなるでしょう。 |
CHAOS-DIVER 2006/12/22 00:53 |
「思いが募る」ではなくて「想いが募る」ですかね。 |
ノラネコ 2006/12/23 01:08 |
あけましておめでとうございます。 |
R. f 2007/01/03 00:58 |
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